公的機関に勤めているので、上司が3・4年ごとに変わる。
今の新しい部署になってから1年半、50代で、20代の息子を2人もつ上司だった。
色々と助言をしてくれて、お母さんみたいでよかったけど、少し気を使うこともあった。
この上司ともお別れは寂しかったけど、1年半一緒に働けたし、定年前の人だったので異動は仕方がないなって思った。

4月15日から違う上司になった。
私より3・4歳上の中1・小3の娘を持つ上司だった。
50代の上司がよかったので、最初は少し頼りなくてどうなるかと思ったけど、この上司が私にはとても合っていた。
おっとりしていて話しやすくて聞き上手で裏のない嘘のつけない人だった。
いい人過ぎて色々とみんなから頼まれてしまうところがあって、「仕事をよんでる」ってネタに笑ったりしていた。
前の部署が忙しすぎて休めていなかったらしいので、私のいる部屋の間(たぶん3年)は子供のイベント事など遠慮なく休んでもいいですよって話をしていた。
半年経って、だいぶ慣れてきて、色々な話をして、毎日楽しかった。

今日、まだ半年しか働いていないのに異動の話があった。
同じ部署だけど部屋が変わってしまうらしい。
思わず上司と泣いてしまいました。
半年の異動はあまりないことだったから、納得のいかない異動だった。
上司は真面目で、文句も言わない、無理をしてでも仕事をこなしてくれる使いやすい人という感じだと思う。
また大変そうなポジションに行かされるらしい。

今までの経験からも、ものすごくいい環境って長くは続かないなって思います。

上司の異動は変えられないと思うので、この状況を受け入れて、次の上司とうまくやれるようにやっていくしかない。


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職場でお昼を食べるくらいだったけど、昔、職場の同僚で仲良くしていたE。

Eは仕事ができなくて、人付き合いもうまくいっていなかった。
同じ日に採用になり同期みたいな感じだった。
Eは自分には甘く他人には厳しい。
言っていることがゴチャゴチャしていて一貫していなく、彼女のせいで入ってきた人ほとんどが(多分6人くらい)辞めていった。

でも、私の子供の話を聞いてくれて、保母さんの勉強をしていたことで助言をしてくれていた。
みんなから嫌われていても、私に対しては優しくていい人だったから、意地が悪いわけではなく、ただ単に不器用な人だと思っていた。

今日、Eと一緒の部署で働いていた人から、昔だけど、私を馬鹿にするようなことを言っていたと聞かされた。

もう今は付き合いがないので、そんなに影響はないけど、ショックだった。
あの優しさは何だったんだろう・・・
病気があっても頑張ってほしくて、みんなが嫌っていても私は普通に接していた。
人間の裏表はわかっていたつもりだったけど、まさかEに悪く言われているとは思っていなかった。

Eは家庭環境に恵まれていなかった。
染色体異常の病気。
そのことでいじめにあったり。
簡単な仕事もなかなか覚えることができずに職を転々としていた。
感情のコントロールができなくて色々な人と問題を起こしていた。
最近は肺がんになってしまったE
見た目も負のオーラが強い

今も職場でたまに顔を合わせることがある。
今回のことで、もう関わることはないなと思った。
これだけ運が悪いと、人を信じる心はなくなってきてしまっても仕方がないことなのかも。

最近の私は嫌なことがあると、次はどうするかを考える。
心が荒んでいる人、卑屈になっている人、だいたい顔にそういうのは出ている。

昔働いた会社の社長が、潰れた会社から来た私を本当は取りたくなかったと言ったことがあった。
運の悪いのを引っ張ってくるとかで。
結局は私が入ってから景気が良くなったから、問題はなかったみたいだけど。
この話を聞いたときはえーって思っていたけど、今はなんとなくわかる。
悪いことが続いて、ずっと引きずっているような人は、悪いことが耐えない。
そのせいか顔に負のオーラが出ている気がする。
なかなか断ち切れていない気がする。

今の私は家族のことが1番大事。
今後は自分と家族のことだけを考えて、そういう人とは関わらず距離を置くようしようと思う。
大勢の人と上手くいかない人は、何か問題がある。
こんなことはわかっていたけど、改めて今回のことでそう思った。

最近はシンプルに生きるという言葉が気になる。
物の断捨離も必要だけど、人との繋がりもシンプルなものにしようと思っている。

今の私は自分と家族が大事。
他人は他人。自分は自分。
ヒロが生まれて他の人と比べないようにしてきた。
だから他人とも深く繋がらないようにしている。
自分のことで精一杯だから、自分と家族のことだけ考えて、生活しようと思っている。
人に情けをかけている場合ではない。

私も普通の子を持っている人からしたら、不運続きの可哀想な人なんだろう。

他人とは程よい関係くらいでいようと思った。
若いときは人との繋がりは何も考えず、付き合っていた。

これからは、なるべく気の合う心地良い人とだけ、お付き合いしていきたいと思う。


自己愛と別の部署になり、約2年絡むことはなかった。

今朝、上司が休みだったので、久しぶりに自己愛と絡んだ。
仕事のことで電話で話したけど、理不尽なことを堂々と正当な感じに言ってきて、引き下がらない。

久々にイラついてムカついて、顎が震えた。

昔は3年間毎日自己愛と接していたから、慣れていたし、対処の仕方も工夫出来ていたので、耐性もできていた。

自己愛と離れて2年。
職場の環境がかなり良くなって、変な人との絡みがなかった。
魂を抜くことが少なくなっていた。
耐性がなくなっていた。

近所の人との喧嘩の時も思ったけど、自己愛と関わることがなくなって、魂を抜く技が衰えてきているなと思う。

いい環境で働けていることは、かなり有難いし恵まれている。
その代わりに、変な人を交わす技が衰えてきている。
いいことなのか、よくないことなのか・・・


今日はデイのイベントで、アンデルセン公園に行って、青少年の家にお泊まりしています。
 実家以外のお泊まりは初です。

 ヒロが赤ちゃんの頃に、実家に預けて、マー君とノリ君と3人で泊まりでディズニーランドに行ったことがありました。
 その頃はヒロがいなければ…って、考えたことがあった。 
この事を思い出すとヒロに申し訳なくて、悲しくて切なくて泣ける。
 自分の未熟さを愚かに思う。

 1泊なので明日帰ってくるけど、今はヒロがいなくて寂しいです。
 6年経った今では、ヒロはいなくてはならない、大切な存在になりました。 
家族の一員です。
 

ヒロを大切に思えるようになれた自分の環境に感謝しています。 
子供を単純に愛することができて、今はとても幸せです。

2017-08-03 23:26 | 小学1年 | COM(0) | TB(0) |
近所の人達と恒例の流しそうめん飲み会があった。
昼間から夜まで、楽しく過ごした。

夜の部が近所の仕切ってくれている人(K)の家であったので、参加した。
夜中の2時半頃、Kと登校班の話になった。
前々から私が住んでいる場所の運が悪く、登校するコースのことで揉めていた。
一緒に登校している人が、少し我の強い人だったので、その人に合わせて今まで通りのコースを選んだ。
一応ノリ君とマー君とも話し合って決めたことだった。

Kは、「子供の安全なんだから、近所付き合いではなく、親がちゃんと決めろ」みたいなことを言ってきた。
Kは親分肌の面倒見のいい人なのはわかっていた。性格も少しワンマンな感じはあるけど悪いやつではないのもわかっている。

最初は私も軽く受け答えしていたけど、深酒のせいか、絡み方がしつこくなった。
段々ムカついてきて、
「私だってバカじゃないんだから、近所付き合いだけ考えて決めたんじゃない。マー君と話し合って決めている」と反論した。
「子供がじゃなく、親が子供のことを考えて安全を選んでやらなきゃ」と言われ、少し説教じみたことを言ってくるので、
「うちは障害があってグレーな子だから、ヒロよりも悩んでいる。ヒロのことよりも1番になんでも考えている」
「頭ごなしにこうしろ!と言える子じゃないから、うちはマー君の意見を一番優先している」と泣いて帰ってきてしまった。
やり取りが激しかったせいか、周りの人たちが引いているのがわかった。
誰も間に入ってくることはなかった。

飲みの場で、喧嘩するのが初だった。
人前で泣いて口論することが初だった。
そういうことをしている自分が恥ずかしくて悲しかった。

今回のことで、やっぱり私の悩みはマー君なんだって思った。
ヒロの障害は受け入れているし、ヒロはわかりやすい障害だから、すぐに気を使ってもらえるから、他人が踏み入れてこない。
マー君の子育てについて、グレーの子については、見た目ではわからないせいで、他人から意見を言われてしまう。
わからないから仕方がないとは思うけど、何も知らない人から注意じみたことを言われたのがムカついた。
こうなるのが嫌だから、他人とは子育ての話をするのを避けていた。
健常児を育てている人と話をすると、ずれが生じるのはわかっていたから、子育ての話には加わらないようにしていたのに、向こうから絡んできて、説教じみたことを言われたのが、ムカついた。

子育てについては、どの家庭にも色々な考えがあるから、決めつけて意見を言わないようにしている。

子育てだけじゃない。
経験したことのないことを、偉そうに上から意見言うのは、危険だと思う。

Kはまだそういうことを学んでいないんだろう。



2017-07-19 08:48 | 発達障害のマー君のこと | COM(2) | TB(0) |
厚生園・成人寮・グループホームなどの見学会に参加してきた。

高校を卒業した後、どう過ごすのか。
まだ小学1年生だけど、将来のことを考えなくてはならない。

理想は、自宅から作業所などに通えたらいいなと思う。
けど、親がいなくなった後のことを考えると、成人寮やグループホームの予約をしなくてはならない。
希望者が50人くらいいるので、高校を卒業したら、施設の予約をするらしい。
長いと入れるのに10年かかるらしい。
けど、亡くなられたり、合わなくてやめる人が出ると空きが出て入れるらしい。
運が良くなのか悪くなのか、すぐ入れてしまうときもあるらしい。
18歳でヒロと別々に暮らすのは、悲しすぎる。

料金も障害者年金でどうにかなるくらいだと聞いた。
ヒロの将来が見えてきた気がした。

ヒロやマー君が将来困らないように、親である私が今から準備をしてあげなければと思う。
私がいなくなってから、マー君に迷惑をかけないように、道筋を作っておきたいと思う。
やれることはやっておこうと思う。


2017-07-17 00:24 | 小学1年 | COM(2) | TB(0) |
特別支援学校に入れて、本当に良かったと思う毎日です。
IMG_20170720_180856_convert_20170720182836.jpg 

ヒロのクラスは5人に先生が2人です。
生徒5人中ダウン症は3人です。
のんびりしたクラスです。

入学式から最近までのアルバムを学校から貰った。
素敵な写真ばかりで、どんな学校生活を送っているのかがわかるアルバムでした。
先生の視線や表情、子供たちの表情、とても穏やかで楽しい毎日を過ごしているんだなと思いました。
色々な経験をさせてもらえてると思いました。
楽しそうなヒロの様子が見れて、嬉しかった。

もし普通の小学校だったら・・・何もわからず、椅子に座っているだけだったかもと思う。
皆についていけなくて、じっくり物事に取り組めなかったんじゃないかとか。
私も学校に呼び出されて大変だったんじゃないかとか。

いろいろな選択肢があると思うけど、話すことが出来なくて、トイレも出来なくて、のんびりなヒロにとっては特別支援学校を選んだことは間違っていなかったと思えた。
私の性格からも、仕事に専念できる今の環境に感謝です。


放課後デイサービスも週5・3ヶ所、利用しています。
3ヶ所とも色々特徴があって、色々見学に行った甲斐があったと思っている。
ありがたいことに、ヒロは人も場所にも、すぐに馴染んでくれ、暴れたり泣いたりもなく、楽しく過ごしてくれている。
マックに行って自分でシェイクを選んで買ったり、セリアで傘を買いに行ったりしたと、連絡帳に書いてあった。

この4月から、特別支援学校と放課後デイで、だいぶ生活が変わった。
保育所のときも全く不満もなく充実していたけど、さらにいい環境になった。
いろいろな体験もさせてもらえて、いい刺激をもらえて、ヒロなりに成長している。
IMG_20170720_181025_convert_20170720182941.jpg IMG_20170720_181049_convert_20170720183004.jpgIMG_20170720_181110_convert_20170720183023.jpgIMG_20170720_181132_convert_20170720183048.jpgIMG_20170720_181236_convert_20170720183136.jpgIMG_20170720_181209_convert_20170720183152.jpg



2017-07-16 00:10 | 小学1年 | COM(2) | TB(0) |
昨日、ヒロの授業参観と総会・懇談会があった。

今までマー君も普通ではないので、気楽に子育ての話ができるママ友は全くいなかった。
昨日はダウン症の親の会の友人や先輩、自閉症の子を持つ知り合いなど、知っている顔が多いのでとても楽しかった。
同い年の親同士の会話も対等で、今までみたいに、普通の世界に入れてもらっている感がないので、とても気楽に話すことができたことが嬉しかった。

地区の懇談会のときに、見たことがあるけど、住んでいる地区が違うので、この学校にはいないだろうと思う人を見かけた。
話しかけるか躊躇していたら、その人から「OOちゃん、覚えてる?」と声をかけてもらえた。

子供を産んだ直後、友達にメールでダウン症だったと報告したら、Yちゃんの子供がダウン症だからメールしてみたら?とアドレスを教えてもらった。
Yちゃんは友達の友達の妹ということで、1・2回会ったことがあった。
すがる思いで出産した3日後にYちゃんにメールをしたことを覚えている。
Yちゃんへのメールはもう覚えていないけど、少し失礼だったと記憶している。
そして、出産後、ヒロが7ヶ月のとき、もがき悩んでいるときに1回会ってもらったこともある。
苦しいときに助けてもらった恩人だと思っている。

Yちゃんの子が高校生になったと聞いた。
あぁ、あれから6年かぁ。懐かしい。
Yちゃんの子が高校1年生ということで入学式に参加していた。
私の挨拶を聞いたと言っていた。
あの頃の私と、今の私、どう見えているんだろう・・・

Yちゃんに会ったこともビックリだったけど、さらにビックリしたことがあった。

今の職場に障害者の部署がある。
その部署とはよくやり取りをしている。
その部署の管理をしている人がいて、この間も話したばかりだった。
その人が、Yちゃんの旦那さんだった。

色々な人との繋がりに運とか縁とかを感じました。
そして、その多くの素敵な繋がりに感謝して、この世界を前向きに楽しく頑張っていこうと改めて思いました。


2017-04-30 20:21 | 小学1年 | COM(0) | TB(0) |

入学式の挨拶を記録しておく。

初めてこういった大勢の人前で挨拶をした。

緊張はしたけど、保護者代表ということで大勢を背にしてたので、思っていたほどではなかった。

色々とネットで調べて、1・2年前の方のも参考にして下記の文章にした。


新入生の保護者を代表いたしまして、ご挨拶をさせていただきます。

 

新入生の皆さん、保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。

 

本日は、このような入学式を催していただきまして誠にありがとうございます。

 

子供の入学を迎えるにあたり、正直なところ、居住地の小学校と特別支援学校のどちらに通わせるのか、迷いました。

息子には今、何が必要なのか、考えました。

 

少しのんびりな息子には、

一人一人に合わせた教育を、焦ることなく自分のペースで学ぶことができる特別支援学校が合っていると思い、入学を決めました。

色々な体験をし、息子なりの成長をしてくれればと思います。

今日はこの日を迎えることができ、嬉しく思います。

 

また、これから始まる学校生活に、期待と不安でいっぱいです。

学校に慣れるまでは、親子共々ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうか温かいご指導のほど、よろしくお願いいたします。

そして、子供たちが安心して楽しい学校生活を送れますよう願っております。

その為にも、私達保護者はしっかりと協力していきたいと思います。

 

簡単ではございますが、以上をもちまして、挨拶と代えさせていただきます。

本日は誠にありがとうございました。



私の実母も一緒に参加していた。

マー君に教えてもらったけど、すごい泣いていたらしい。

そりゃそうだよね。

出産後、ノリ君も私も泣いて元気がなく食欲もなく、毎日毎日暗い顔していた。

母はどうやってこの2人を支えていこうと悩んだと言っていた。

そんな状態から、私がこんなにも立ち直って、挨拶をしている姿を見たら、感動するよね。





2017-04-18 13:56 | 小学1年 | COM(2) | TB(0) |
昨日は支援学校の初日でした。
初日からハプニングが。
学校用のリュックとデイ用のリュックを別に持たせました。
学校が11:05までなので弁当と連絡帳と着替えを入れておきました。
背面に誰にでもわかるように大きい字で「デイ用」と書いてありました。
連絡帳にも「今日はデイを利用します。デイの名前、電話番号」と大きく書いておきました。

お昼頃、仕事中にデイから電話がありました。
「荷物は何個ですか?」と。
「グレーの大きいリュックと、緑の小さいリュックです」と答えると、「荷物が1つしかないですけど・・・」と言われたので、急いで学校に電話をして確認しました。

学校「渡すの忘れました」
私「お弁当が入っているんです」
学校「取りに来てくれますか?」
私少し強めの口調で「仕事をしているのでデイを利用しているんです」

というと、学校がデイに運んでくれることになりました。
結局はデイが早く動いてくれて、デイが学校に取りに行ってくれました。

先生も初日でバタバタしているんだろうけど、やることはちゃんとやってほしいと思いました。

2017-04-11 13:03 | 小学1年 | COM(0) | TB(0) |
プロフィール

OOちゃん

Author:OOちゃん
2010/11/17ダウン症の息子をもって自分の気持ちの変化を書きたくて、ブログ始めました。

出産直後は普通ではない子を産んでしまったと、かなり落ち込み、障害という未知の世界に不安を感じ、闇の中にいるようでした。
当時は元気になんかなれないと思っていました。

他人と比べない。
周りとうまくやるには、自分は世の中の「普通」ではない少数派なんだと自覚をする。
幸か不幸かは誰にどう思われようと自分の心次第。

上記を考えるようになって段々と心が回復し、3年後には障害のある子がいる生活が私の普通になりました。
心が鍛えられたせいか、ちょっとのことでは動じなくなり、落ち込まなくなりました。

今はとても楽しく生活しています。

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