この間の入院のときに、記入するものがあって、首すわり、座位、つかまりだち、一人歩きなどを記入する項目があった。
全く何も覚えていない。
というか、ヒロ君の成長を気にしないようにしていたのもあるけど、頭にその情報は全くなかった。
病院にかかっているときは身長・体重は計っているけど、成長については何も書いていなかった。
他人と比べると辛くなるからっていうこともあったと思う。
まぁ、ここまで回復するまでは、かなり辛いことだったから、仕方がないか。
この手術をどう受け止めたかとかの質問にも、なんて書いたらいいのかわからず「普通に」と記入した。

隣のベットの人と帰り際に少し話をした時に
相手「もう退院ですか?」
私 「今回は脱腸なんでね。1泊って言われてたので気楽です。」
相手「昨日から対応とか手術したのに落ち着いていますね」
私 「あぁこの子ダウン症なんです。上の子も状況のよくない入院だったし、今回はほんと気が楽だからかな」

いつの間にか入院慣れしていた。
気持ちも態度も、ひどいのを経験したせいか、自然と落ち着いていたんだと思う。
入院では、やっぱりマー君の脳死といわれてしたときが1番辛かった。
いつ退院できるのか、マー君の状況はどうなるのか、毎日検査の結果が出るのが合格発表のような日々でした。
心が落ち着かず、食欲ないし、寝れないし。

そんな入院生活に比べたら、今回は家事をしなくて済むーって思ってしまったくらいです。
やっぱり自然と障害児の母になってきているんだなと思いました。

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2014-10-24 15:35 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ヒロ君がダウン症だと言われたとき、出産事態をなかったことにしたかった。

半年くらいは、いなくなってくれたら障害児を育てなくて済んで普通の生活が送れる。

こんなことを考えていた。

今回の手術で、脱腸という簡単な手術だったけど、まれなことが起こったらどうしようと不安だった。
笑顔が見れるまで心配だった。

もういなくなってほしいという感情はなかった。
もう完全に家族の一員になっていた。

今後、知的障害がひどくて大変になるかもしれない。
偏見や何か嫌なことがあるかもしれない。
私より先に病気で亡くなるかもしれない。
反対に残して死ねないとか色々問題はあると思う。
けど、そんなことよりも、ヒロ君とできるだけ長く楽しい人生を一緒に歩んでいきたいという気持ちになっていた。

障害児でもなんでも私の子供なんだ。

入院すると色々なことを考えます。
2014-10-20 21:50 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |

今日・明日とヒロ君の脱腸の手術で協同病院に入院しています。
今、手術中で待ち時間です。
ちんちんじゃなくたまたまが腫れていたので発覚し、手術になりました。
私も小さいときに脱腸の手術をしたことがあるので遺伝?かな。

最近は病院通いもなくなり、久々にこの病院にきました。
待ち時間中、色々なことがこの病院であったなぁとしみじみ思いました。
私が妊娠糖尿病でこの病院に変更し、マー君を出産し、血管腫が先生たちも見たことのない珍しいものだったことで不安にになり色々検査して、いい思い出のない出産から始まり、マー君がロタウイルスから痙攣して救急車で運ばれて脳死と言われた検査室、結局は脳症ですんだけど3週間入院したり、ヒロ君を別の病院で出産し、血糖値が低くて救急車で運ばれ、その後ダウン症かもと言われ、大泣きした廊下とか、ヒロ君が肺炎で入院したりとか、あの切羽詰まったときに見た風景が懐かしく思えました。
完全に過去のことと思えた。
悲しくなることはなく、よく色々と乗り越えてきたなって思えました。

これからも何かあるかもしれないけど、頑張ろう。
初心を思い出しました。
2014-10-20 10:56 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ノリ君は、まあまあ家のことを手伝ってくれているほうだと思っている。
友人の旦那の話とか聞いても、まだうちはマシかと思うことが多い。

平日の休みが取りやすいので、子供を病院やことばの教室に連れて行ってくれる。
たまに洗濯物を干したり取り込んだりはしている。
食後たまに食器洗機にセットしてもくれる。
子供2人をお風呂に入れてくれている。
マー君とゲームをして遊んでくれている。けど、自分がやりたいからって感じもする。
一緒になってゲームをやって、夜9時までって決めているのに、一緒になって時間を過ぎてもやっていて、なかなかお風呂に入ってくれない。
結局9時半くらいには寝せたいのに、10時半になることが多い。
テレビを見てて、11時になることもある。

さらに最近ムカつくのが、うちは私はまだガラケー、ノリ君はスマホ。
スマホにしてからスマホのゲームばかりしている。
朝起きてすぐスマホ。
食事中もたまにスマホ。
マー君がテレビゲームやろうと誘ってもスマホに夢中で相手にしていないときがある。
スマホ中に話をしても、うわのそらの返事。
夜中もスマホ。
で、朝眠そう。
ヒロ君が泣いていてもマー君とゲームばかりやっていてかまってあげていなかったり。
ヒロ君がグズグズしているとマー君のときよりも怒り方がひどかったりするので、最近はパパに懐いていなく、私にばかりくるようになった。マー君とヒロ君の対応が少し違うのも気になっていた。
最近、ゲーマーだった私からしても、ちょっとスマホがかなり悪い影響を与えているように思っていた。

私も子供の頃、ファミコンとかいっぱいやってたからゲーマーの人の気持ちはわかる。
なので子供のゲームはやることさえやっていれば、やめろとか時間制限も9時までということしか言っていなかった。
ノリ君もゲームでストレス発散していると思うから、やることさえやっていれば、全然やってもいいという考えを持っていた。
キリの悪いところでやめれないのもわかるので、用事を頼むときも「キリのいいところでやっておいて」と言っていた。

昨日はノリ君が休みだった。
ノリ君は平日も休みがあるので、1人でくつろげる時間はある。
残業があるわけでもないから、世の中のパパたちに比べたら自分の時間を持てているほうだと思う。

ヒロ君が熱が少しあったので休ませた。
2人で留守番だった。
洗濯物とシーツも子供の鼻血がついていたので洗って干しておいてと頼んだ。
お昼は私の実家にご飯を食べに行って、その後は自宅にいたみたいだった。
マー君が帰ってきて、宿題をみてくれていた。
その後、私が帰宅して、夕ご飯を作ろうとしたときに、ゲームをしていたので「洗濯物、キリのいいときに入れておいて」と言ったら返事はなく、もう1回言ったらゲームで忙しいみたいで嫌そうな返事だった。
スマホのことで積もり積もっていた不満が、その嫌そうな返事で、私の抑えていたものが切れた。
自分で洗濯物を入れた。

やりたくもないパソコンのゲームをやってご飯を作るのを遅くしたり、寝る時間が過ぎてもゲームをやってやった。
マー君やヒロ君がきてもゲームをやり続けた。

やることをやらないでゲームをやり続けることはダメ人間だと知らせたかった。
同じようなことを私がやったらどうなるか知らせたかった。
今朝、母に電話で愚痴ったので、やっと気持ちが落ち着いてきたけど、ブログでも愚痴ってしまいました。

軽い家事を頼んで嫌な顔されるなら、全部自分でやっちゃおうかと思ってしまう。
ネットで色々調べたけど、携帯ゲームにはまっている旦那が多くて困っている奥さんは結構多いんだなって思った。

2014-10-09 15:33 | 3歳 | COM(0) | TB(0) |
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2014-10-07 17:43 | 3歳 |
先週、市の健康診断に行ってきた。
バッタリ幼馴染Yに会った。

Yとは3歳から高校までずっといつも一緒に遊んでいました。
部活も同じ、家が2・3件隣だったこともあって、共に成長してきたって感じの子です。
昔は自営業でお金持ちだったけど、高校卒業したころにお父さんが亡くなって、自己破産になり、その子は引っ越しました。
高校卒業してからは疎遠になりました。
20代の頃、その子の結婚式には出席しました。

7年前、私が出産直後の頃にもばったり会って、1回うちで会いましたが、Yは旦那の借金でお金に困っているようでした。
小学生の子供が二人いました。
手に職をという考えから、エアロビの先生になりたてみたいで、誘われましたが、私も出産直後で子育てに余裕がなく忙しかったので、深く付き合うことはありませんでした。

今回バッタリ会って少し会話をしたときに、とても強くたくましいものを感じました。
離婚をしてうちの近所住んでいて、自宅で体操教室をしているらしく、マー君を通わせたいという話をしました。
よく聞くと、マー君の小学校で同じクラスの子で、しかも同じ保育所出身で、しかもお兄ちゃんが自閉症という、何か縁のある子がYの体操教室に通っていた。
何か縁とか運とかを感じた。

で、今日、Yの家に見学に行ってきた。
私なんかよりも、ずっと苦労をしていて、苦労話を聞いて思わず大泣きしてしまいました。

お父さんの後を継いだお兄ちゃんが、最近脳梗塞で亡くなった時、お母さんとお姉ちゃんが遺産をもらったらしい。
Yはもらえなかった。理由はYは強いから一人でもやっていけるからと言われたらしい。
確かにお母さんとお姉ちゃんはYよりは、自立した人種ではない。
お母さんとお姉ちゃんが仲がよいらしく、今は絶縁状態ということだった。

元旦那はDVで、借金作って浮気をした。
元旦那はダブル不倫だったため、再婚するために自分の子供は邪魔だったらしく、Yに姉弟を押しつけて、さっさと再婚をした。
姉はお父さん子だったからお父さんについていくと言ったらしいけど、うまいこと言って逃げたらしい。
相手の女の子供と今は暮らしているけど、なぜかYの家の近くに住んでいて、近所づきあいが発生してしまうところにいたらしい。
途中で自分の子供を戻したくなったみたいで、子供に近づき、再婚した家で過ごさせたらしい。
高校生になった姉が詳しくYに報告していて、最初の頃はラブラブで、お母さんとは違うタイプの人と再婚したと言っていたけど、最近は再婚相手にもDVしているらしく、お金もやっぱりだらしなくなってきているみたい。
Yが鬱病で危険だという噂を流して、子供を取り戻そうとしてきたので、Yは体を売るような仕事を3カ月して、貯金をためて、去年逃げるようにうちの近所に一軒家を借りたということだった。

元旦那は何か精神の病気かもと思う。
私は元旦那と1回だけバーベキューで遊んだことがある。
友人の旦那を悪くは言いたくはないけど、冷静に見たら
・デブ・頭つるつる・ダサいという印象があったので、あんな奴にそんなことされるなんてという怒りがあった。

小さいときに一緒に遊んで高校までずっと一緒にいた子が、そんなにすごい人生を歩んでいるとは思っていなかった。
お金には困っているんだろうなとは思っていたけど、まさか体を・・・と思うと泣けてきた。
頼れる親もいなくて、旦那にひどいことをされて、2人の子供を育てるという状況を想像しただけで、私なんてまだまだだって思った。

今は定職はフリーでフィットネスクラブで先生をしながら、公民館やショッピングモールなどでもたまに教えて、自宅でも生徒を持って、3歳から70歳までの生徒さんに教えているということだった。
社員にならないのかと聞いたら、転勤があったり、まだ下の子が小6なので、遅い時間には帰ってきたくないという理由だった。子供を1人で育てていくことはほんとに大変なことなんだろうなと思った。
バッタリ会った時の何か強いものを感じたのは、こんなに色々なことを経験したせいだったんだと思った。
強くならざるおえなかった状況がYをたくましくしたんだなって思った。

マー君をYの体操教室に通わせることにした。
マー君も楽しそうだったし、マット運動や跳び箱などの練習になるし、マー君が発達障害、ヒロ君がダウン症ということは言ってあって、私もYが先生なら気が楽だし。
Yは昔から体を動かすことが好きだった。
教えている姿を見て、苦労はしているけど、天職についたなぁって感じがした。
自分も体を動かすチャンスかなと思って、私も通うことにした。
私やマー君・ヒロ君にプラスになって、少しでもYの助けになればって思う。

何か不思議な縁を感じた出来事でした。
2014-08-31 22:47 | 3歳 | COM(0) | TB(0) |
先日ヒロ君の療育手帳の再判定に土浦の児童相談所に行ってきました。
判定がAからBに変更になりました。
この時の担当は最初は感じが良かったけど、判定に疑問があって質問をした時に少し感じが悪かった。
私が不満があって質問していると思っているみたいな言い方だった。
この嫌な感じは後々「やっぱりね」ってことになった。

当日、特別児童手当の額が下がるという説明があり、手続きには病院の診断書が必要だと言われた。
「小さい小児科ではダメですか?」と質問したところ、大きい病院なら出してくれますと言われただけで、特に細かい説明はなかった。新しい手帳がきてから手続きしたほうがいいのか聞いたら、いろいろ時間がかかるからすぐにやったほうがいいと言われた。
手続き系は早くやらないと忘れちゃうし、すぐに医療大に電話をして事情を話して診断書を出してもらうようにした。
「指定の書式はあるか?」と聞かれたので「特に何も言われていないです」と答えた。
数日後「ダウン症。知的障害有り」という診断書を2000円で出してもらった。

ノリ君がETCの手続きをするために市役所に手続きの仕方を聞きに行った。
特別児童手当の診断書は指定の書式があるらしいということだった。
再交付された手帳がAからBに変わっているのに、1種から2種に変わっていないと手帳にミスがあることもわかった。

また医療大に指定の書式で診断書を書いてもらうのに受付にどうしたらいいか聞いたら、1回予約をして診察後に診断書をもらうということだった。
ヒロ君を連れて、2時間近く待たされて、やっと診察室に入って先生に事情を話すと、ヒロ君は必要がなく、児童相談所のデータがあれば、すぐに書けると言われた。

いろいろなことにムカついた。
まず、児童相談所の説明の少なさ。
手帳の記入ミス。
病院の受付の知識のなさ。
病院と児童相談所と市役所といろいろ説明がなく無駄足を運ぶことになった。

昨日、ノリ君が児童相談所に行って、ミスを修正した手帳をもらいに行った。
診断書を書いてもらうために必要なデータをもらう申請書を書いてきた。
自分のミスが明らかだったから、この時は対応が良かったらしい。
対応がよかったので、苦情は言わなくてもいいかなと思い、言わなかったらしい。

今日、データができたらしく、またノリ君が児童相談所に行ってきた。
診断書をもらうのにデータと申請書が必要なら、最初の段階で説明があってもいいのではないかとやんわり言ったのに、「指定の書式はないとは言っていない」とか「奥様がいつ申請に行くのかわからないと言っていたからデータのことは言わなかった」とかいろいろと言い訳がましいことを言っていて、私が悪いみたいな言い方をしていたらしい。
すみませんの一言もなかったらしい。

この話を聞いて、かなりムカつきました。
私が直接行って、担当を変えてもらいたいと言いたいです。

私も公務員みたいな組織の受付事務をしていますが、こういう人種多いです。
業務を淡々とするだけで、相手の立場に立ってというような感覚はないのでしょう。
私が人を相手にする事務をしているだけに、この人のレベルの低さにムカついてしまいます。

気配り全くない。
自分のミスは認めない。
言い訳ばかり。
その場にいない相手のせいにする。
言った言わないの面倒くさいことを言う。
謝らない。
最低です。

結構若い子だったので器の小さな子にあたってしまったなって思いました。
2年後、もしコイツだったら絶対に担当を変えてもらいます。

今回のことで、手続きについて覚書しておこう。
・児童相談所で判定してもらったら、その場で判定データをもらう為の申請書について自分から話す。
・市役所で診断書の指定書式をもらう。
・児童相談所から判定データ・市役所から診断書の指定書式をもらって、病院に行って診断書を書いてもらう。
・診断書が出たら市役所で特別児童手当の手続きをする。

単純なことなのに、なんで説明できないんだろう?

2014-07-10 20:54 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ヒロ君の保育所から七夕の願い事を書いてくれと紙を渡された。
すぐに思いつくのは「毎日笑顔で過ごせますように」です。
今の私の基本はこんな感じです。
大きいことは望まないけど、毎日笑顔でいられるって、意外と難しいことだと思う。
今は毎日笑顔で過ごせているけど、出産直後は笑えると思っていなかったから・・・
特に素晴らしいことがなくてもいい。
1日、嫌なこともなく平和に過ごすことが出来れば幸せだと思う。

2014-06-28 10:51 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
今日は小学校の時の幼馴染2人とランチ&お茶をしてきた。
1人とはホントに近所で小学校・中学校と、部活も塾も趣味も一緒で感覚が似ていて常に一緒に行動していました。

私を含め3人とも地元で結婚して近くには住んでいるけど、仕事をしていて同い年の子供がいて忙しいので、なかなか会えない。
3人とも午後から早退をしてファミレスで待ち合わせをした。

ヒロ君の出産直後に1回は会っているけど、それ以来なので2年ぶりくらい。
今まではあえて会わないように連絡も取らないようにしていた。
友人もそれがわかっていたのか、連絡を取らないでくれていた。

その2人もブログをやっていて出産前は見ていたけど、健康な子を育てているブログを見たくなかったので、お気に入りからも削除していた。
なので、2年の間に友人の1人は出産もしているけど、今までどんな生活を送っていたのかも全く知らない。

ラインで小学校は大変だねって話から、会うことになった。
自然な流れだった。

私がもう元気なので、全くヒロ君の話ではなく、普通の会話をしていた。
2人の子育て話を聞いても全く妬んだり気になったり羨ましがったりがなかった。
子育てのこと、健康のこと、親のこと、近所のこと、普通に楽しかった。

挫折から約3年間苦しんで、ここまできた話もする気はない。
私の経験で、友人を励ましたり、参考になるようなら、今後するかもしれないけど、そういう機会がなければもうしないと思う。
自分の中で吹っ切れているのがわかった。
心の回復ぶりがわかった出来事だった。
自分の中に心のゆとりができて、昔みたいに2人と会えてよかった。
2014-06-23 23:27 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
先日、ヒロ君の療育手帳の再判定に児童相談所に行ってきた。
前回は1歳のときだった。
今回も問診だけでした。
何ができる・できないかを聞かれて、判定は中度でした。
前回はそんなに普通の子との差がないように見えたのに重度。
今回は同い年の子と比べてかなり差があるのに中度。
この判定に疑問があったので、質問しました。

ヒロ君は身体の発達はまあまあなので、平均点が中度だったということでした。
耳が難聴のせいか、言葉の理解力がないし、何も初語もない、ものすごい差を感じています。
が、歩ける、階段が上れる、ボールをけることができる、ある程度の模倣ができる、積み木が縦にも横にもつめるなどで点が上がったみたいです。
食事の介助も全介助ではなく要介助と答えました。(かなり微妙なところですが)

特別児童手当の額が下がると伝えられ、複雑な気持ちになりました。
子供の成長はとても嬉しいけど、将来、もしかしたら施設に世話になるかもしれない、その時のお金を貯めてあげたいなどという気持ちが出ました。

申請も診断書が必要らしく、ダウン症だけど大きい病院には通っていないので診断書をお願いしたり、手続きなど面倒だなって思いました。

2014-06-11 12:49 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ヒロ君を受け入れられてきてはいるし、他の子と比べることもなくなってきた。
けど単純に成長の遅さにイライラするときがたまにある。
今、好奇心が旺盛で色々なものに興味を持っているのはいいことだと思う。
けど、何度注意しても同じことを繰り返す。
話しかけても注意してもあまり響いている感じがしない。
言葉を理解しているような感じがない。
たまに虚しくなる。

笑顔はかわいい。
動きもかわいい。
基本はかわいいと思えているけど、イライラするときがある。
普通の子でもあることだろうけど、成長が遅い分長々1歳児を育てているような感じ。
かわいい時期も長いけど大変な時期も長い。
根気がないと障害児は難しいかも。

2014-04-28 22:14 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ヒロ君の難聴で月1回、医大に通院している。
駐車場でアンパンマンのぬいぐるみを持ってヨチヨチ歩きしているヒロ君を見て「かわい~」と声をかけてくれたおばさんがいた。予約時間ぎりぎりだったので急いでいたし、年齢の話になると面倒だから、会釈だけにした。
帰りに駐車場に行ったら、またそのおばさんと会ったので「またいた~」と話しかけてきた。

「入院とかで来ているの?」と聞かれたので「この子障碍児で。ダウン症なんです。」というと、わかっていたみたいだった。
ダウン症の話になって、最初は精神的に大変だったけど、今はもう大丈夫で、幸せって色々ですからねみたいな話をしたら、よくそこまでの考えになれたねと言われた。
褒められているようで嬉しかった。
そして色々と励ましてもらった。

よく聞き取れなかったけど、たぶんおばさんの妹が産まれたときは普通だったけど注射でおかしくなっちゃったんだと教えてくれた。今48歳で話せても「あっぷっぷ」だけで、親はもう78歳だと。

おばさんがヒロ君を抱っこしたがって手を出したら、抱っこされにいった。
私が警戒しているときはヒロ君も乗り気じゃなかったのに、私が心を開いたら、ヒロ君も大丈夫と思うのか抱っこされにいっていた。
そのおばさんのお父さんとお母さんも後から来て、手を出すと抱っこされにいった。
ヒロ君自ら手を出して抱っこしてーって感じで、可愛がられていた。
可愛がられやすいのは、お得だなって思った。

子供を生むまでは障碍者とは全く縁がなかった。
マー君やヒロ君を生んで辛い時期もあったけど、今まで知らなかったことを知ることができるし、優しくしてもらえて励ましてもらえる時がある。
世の中、いろんな人がいて、皆頑張っていて、変な人も多いけど、いい人もいるということが知れる。

「おばさん、ありがとう」と思いながら帰ってきた。

2014-04-18 13:39 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
昨日ヒロ君の保育参観に行ってきた。
今まで1回しか参加したことがなかった。
最初の頃は皆と比べて悲しくなりたくなかったから。
でも今は全然平気になったし、ヒロ君が保育所でどんな風に過ごしているの見てみたかったので、ノリ君とマー君と3人で行ってきた。

もう皆とは違う子をを育てているという気持ちがあるので、毎日平常心でいられるし、保育参観中も特に悲しくなったり悲観したりすることはなかった。

途中で懇談会みたいな自己紹介みたいなのをすることになった。
人数の少ない保育所なので全員で10~15人くらい。
先生も保護者の方もみんないい人なので、嫌な思いは今までしたことがない。
けど、他の人が話していること等、自分とは関係ないなと思いながら軽く聞いていた。

ヒロ君が普通の子じゃないなって密かに思われているよりも、この子がダウン症だとハッキリ伝えて、みんなにダウン症の子ってこんな感じなんだって分かってもらいたかったので、今回「ヒロ君はダウン症」だと伝えようと準備していた。

自分の番になって、もうダウン症については泣かないだろうなって思っていたのに、初めて大勢の前で「ヒロ君はダウン症です」と言った途端涙が出てしまった。
自分でもビックリした。
まだ泣くか・・・と自分に突っ込み入れたくなった。

泣いた私に対しての皆の視線は温かかった。
泣いてくれている人もいた。

出産直後はうつ病になりそうだったこと。
仕事を辞めるしかないと思っていたけど、預かってもらえて、仕事を続けることができたこと。
先生や仲よくしてくれているお友達のこと、毎日感謝していることを伝えた。
泣いてしまったのはちょっと自分の中では残念だったけど、伝えられてスッキリした。

今回の保育参観で皆との成長に差がかなり出てきているので、進級はさせるつもりはなかった。
無理に同い年にしがみつこうという気持ちもない。
ヒロ君に合っているクラスで、生活面をのばそうと思っていた。
トイレ・着替え・食事・言葉、まだまだ何もできていない。
年少クラスにあがって、お勉強系が増えて、生活面が少なくなるのが嫌だった。

先生に相談したら、加配の先生がつくし、お友達とも仲よくしているし、やりたい意欲があるからもったいないということだった。
自閉症の子や体の不自由な子も、今まで進級させてきたということも聞いた。
先生の大丈夫ですという言葉にノリ君も私も「じゃあお願いします」ということで、年少さんになることになりました。

もう最近は運の流れに流れるだけスタンスになっているので、なるようにしかならない、ダメだったらその時考えることにします。

年少さんはスモックみたいな制服があります。
ヒロ君が皆と同じ制服を着ている姿を想像すると笑えます。

2014-02-01 13:03 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
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2013-12-16 07:40 | 3歳 |
11/21(木)。マー君6歳、ヒロ君3歳、七五三で神社にお参りと家族写真を撮りに行きました。

お参りは別にやらなくていいやって思っていたけど、実母がそういうのをやりたい人なので近所の千勝神社に行ってきました。
ホームページに下記のような文章がありました。

子供は順調に育つもの。生れてきた赤ちゃんが児 童になり、やがて青年、大人となっていく。
今日、多くの親御さんは、それを当たり前のこととして、信じて疑わないでしょう。
しかし、ほんの百年ほど前まで は、子供の生存は、とても難しいものだったのです。
ですから、親は子供の順調な成長を心から願い、無事節目を迎えられたなら、見守ってくださった氏神様に 感謝の気持ちを捧げ参拝し、そして、儀式とお披露目の宴を催したのです。
七五三は、そんな親心と、私たち人間を見守ってきて下さる氏神様の御心を結ぶ、大切な行事として伝えられてきたのです。


うちは順調ではないけど、ここまでこれたこと。
無事ではないけど、節目を迎えることができたこと。

ここまでこれたことには感謝しているので、七五三の祈祷をしてきました。
「神様なんていない」と思っているので「神様お願いします」という気持ちは全くありません。
お祓い中は子供たちに関連する過去の嫌な記憶やマイナスな気持ちを清算したかった。
新たに前に進むためにすべてをリセットして、気持ちを入れ替えようという思いがありました。
心を入れ替えるいいきっかけになったと思います。

お昼はお寿司を食べに行きました。

普段は安い回転寿司ですが、今日は少し高めのところに行きました。
めちゃめちゃ美味しくて、懐かしく感じました。
子供が生まれる前はお金を気にせず常に美味しいものを食べていたので、高めのお寿司が普通でした。
今は安い回転寿司・フードコート・ファーストフード・ファミレスがメインです。
たまに食べるからご馳走になるんだなって思えました。
美味しいものを食べる機会は減ったけど、子供のいる今の生活でいいです。

お昼の後は写真屋さんで写真を撮りました。

兄弟揃って和服を着せたい気持ちがありましたが、マー君がスーツがいいと言ったので、スーツです。
前日、ヒロ君が38.6度の熱で鼻水がひどくて機嫌が悪かったけど、当日は熱は下がったので強行してしまいました。機嫌があまり良くなかったので、衣装も楽なものを選びました。
本当はもう少し小さいサイズに着替えさせたかったけど、グズグズしてて面倒だったので最初に着たものにしてしまいました。
マー君は自分で選んだものを着て撮りました。
最初にマー君が選んだものは地味すぎてデザインも学ランみたいなのでした。
皆に不評だったんですが、着てみたらかなりダボダボだったので、第2希望のものになって皆でホッとしました。

帰りにイオンに寄って帰りました。
ヒロ君の熱以外は順調に運べて充実した1日でした。

2013-12-16 07:31 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
出生前診断、前からあまり興味はないけど、最近はもっと関心がなくなった。
一応、ダウン症の子を産んでいるので、記事は読む。
でも、他人がどうしようが気にはならない。
もともと賛成・反対と議論するような内容ではないと思っている。
環境・状況など人それぞれだから。
ただ障害はないに越したことはないって思うだけ。

2013-11-22 13:18 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
あのショックだった出産から3年経ちました。
特に構えることなく普通の誕生日を送ることができました。

今日は悲しくなることもなく、ここまでこれたことを考えた1日でした。
もう私の中ではあのショックは過去のことになっていて、あの落ち込んでいた日々が懐かしく思えました。
当時は絶対に笑える日が来るなんて思えなかったから、3年で回復できたことは上出来だと思いました。
自分の精神状態が、かなり回復していて、自分を自分で褒めたいくらいです。

今日はヒロ君やマー君のことを悲しむというより、実母への感謝の気持ちが湧きました。
ここまで回復ができたのは母のお陰だとしみじみ思いました。
あとは、ノリ君が優しくて、マー君が成長してくれて、ヒロ君が健康で笑顔が可愛くて、仕事を続けることができて、自分はなんて恵まれているんだろうと思いました。

ヒロ君を産んで落ち込んだことで幸せを感じやすくなり、色々なことに感謝するようになりました。
今日1日、平和に過ごせて幸せ。
家族と普通に平凡な生活を送ることができて幸せって思えます。
003_convert_20131118000244.jpg
誕生日の写真は撮っていないので、少し前の写真です
2013-11-18 00:09 | 3歳 | COM(2) | TB(0) |
ヒロ君の前歯に黒いものを発見して、歯ブラシでこすっても取れなかったので、ノリ君の休みの日に歯医者さんに連れて行ってもらった。
親は付き添うことなく、無事に治療ができたらしい。
耳鼻科での診察の時に押さえつけるのに大変なので、どうやって治療してくれているのか気になります。
どうなることかと不安に思っていたので、意外とあっさり治療ができてホッとしました。
前歯の治療は終わったけど、奥歯にも2本虫歯があるらしいので、あと2日通院になりました。
耳鼻科でもらう薬を飲ませるためにアイスに混ぜてあげるようになってから、虫歯ができるようになったように思います。
今後は歯磨きをちゃんとしようと思いました。

2013-11-15 15:39 | 3歳 | COM(0) | TB(0) |
プロフィール

OOちゃん

Author:OOちゃん
2010/11/17ダウン症の息子をもって自分の気持ちの変化を書きたくて、ブログ始めました。

出産直後は普通ではない子を産んでしまったと、かなり落ち込み、障害という未知の世界に不安を感じ、闇の中にいるようでした。
当時は元気になんかなれないと思っていました。

他人と比べない。
周りとうまくやるには、自分は世の中の「普通」ではない少数派なんだと自覚をする。
幸か不幸かは誰にどう思われようと自分の心次第。

上記を考えるようになって段々と心が回復し、3年後には障害のある子がいる生活が私の普通になりました。
心が鍛えられたせいか、ちょっとのことでは動じなくなり、落ち込まなくなりました。

今はとても楽しく生活しています。

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