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2011-12-24 22:24 | ネイル | COM(0) | TB(0) |
今日は父母・ノリ君・マー君・ヒロ君と近所の友人の飲食店に夕食を食べに行きました。
去年の今日、ヒロ君は退院しました。
私には誕生日よりも断定された日のほうが印象の強い日だったと思います。

ほんとに3年くらい前のことのようです。
去年はヒロ君の退院を完全には喜べずにいました。

今の気持ちを正直に書くと、散々色々考えて落ち込んだので、今自分に与えられた家族で生活を普通に送り、幸せに暮らしたい一心です。
ダウン症のヒロ君を産んだ時は本当にショックで一生笑えないんじゃないかと思いました。
今は普通に笑って暮らしています。

母が友人と話しているときに涙ながらに、この1年間大変だったと話していました。
私とノリ君の精神状態が悪かったので、支えるのに大変な思いがあったと話していました。

本当に母の支えでここまでこれたと思っています。
本当に感謝しています。
母がいなかったら鬱になっていたかもしれないし、生きていなかったかもとも思います。

告知後、色々なブログを読みあさり、こんなに明るくできるわけない!皆強がっているんだ!
きれい事を書いていないとやっていけないから書いているんだ!と思っていました。
自分で実証してみたくて、ブログを始めました。
1年経ってみて皆さんと同じでした。
ヒロ君でいいし、毎日楽しいし、普通に幸せです。
なんとかなっています。

ヒロ君を産むまでは毎日ビクビク生活を送っていたように思います。

落ちるとこまで落ちたので、ある意味いい意味で開き直った考え方に変わりました。
今日一日が快適ならそれでいい。
自分のやりたいことはやる。
やりたくないことはやらない。
人生どうでもいい。(投げやりに聞こえるかもしれないけど)
人生なるようになっているから、起ったことを素直に受け入れる。
もがいてももがかなくてもなるようにしかならない。
先のことは考える気にならない。
とっても後ろ向きに聞こえるかもしれないけど、この考えで立ち直れた気がする。
この考えで、ある意味気が楽になった。
幸せを感じる基準が下がった。
(一日いやな思いもせず過ごせたら幸せと思うようになった)
(極端な考え方すると、誰も死ななかった、日本人でよかった、食べるのに困らなかった、寒さを凌げた等)
これから先、困難があったとしても、頑張れる気がする。
「なんとかなるさ!」って前は思えなかった。
今はそう思えるようになりました。

だいぶ人間性が変わったように思います。
2011-12-24 21:37 | 1歳 | COM(0) | TB(0) |
ヒロ君の保育所の発表会がありました。
ヒロ君が何かやるわけではないけど、他の子に混じって、衣装に着替えさせられ、
運ばれて出てきたって感じの発表会でしたが、思うことがありました。

他の子は立って歩いていたり、お座りしていたりしてましたが、ヒロ君は一人先生が付いてだっこしてくれていました。
先生一人を占領してしまっているので他の子の世話が大変そうでした。
「申し訳ない」と「ありがたい」と思いました。
散々色々なことを考えて落ち込んできたので、今更他の子と比べて落ち込むことはありません。
今のところヒロ君が何か出来たわけではなかったから、マー君の時ほどは感動はありませんでした。

ただ、この1年でだいぶ状況と自分の気持ちの変化があったと思いました。
まさか職場復帰し、こうして保育所にヒロ君を預けられるなんて告知後は思っていなかったから・・・
意外となんとかここまでこれたんだなぁと思いました。

仕事が始まってヒロ君のいる生活が私の普通になってきています。
ネットやブログ、親の会などがなかったらここまで回復できなかったと思います。
時間に追われる生活になり、最近は少し色々なものに頼らなくても生活が送れるようになりました。
職場でも「明るいから障害児がいるように見えない」と言われました。
今の私にとって、とても嬉しい褒め言葉でした。

今後また何か困難にぶち当たっても大丈夫なように、ずーっとずっと明るく楽しく生活を送れるように、今のうちにヒロ君への愛情・家族の絆を深めていきたいと思います。
*************************************************************
私のおばあちゃんの弟の子供に兄・妹がいます。
妹は交通事故で知的障害になってしまいました。
おばあちゃんの弟は遺産相続でかなりのお金持ちでした。
知的障害の妹を連れて海外旅行ばかり行っていました。

おばあちゃんの弟夫婦が亡くなり、兄妹ももう50代です。
兄は妹を理由に結婚がなくなったりしました。
最近、その妹をかかえ、兄は病気になってしまい動けない状態になってしまいました。
それでも妹と二人で自宅で暮らしています。
へたにお金がありボンボンに育ってしまったので、行政を頼ったり、施設などネットで調べたりしません。
時代もあったかもしれないけど、親も海外旅行ばかり行ってないで妹の自立や施設等を調べたりできなかったのかと思ってしまいます。
伯父さんちみたくならないように、マー君やヒロ君が悲惨な人生にならないように、親である私ができる限りのことはしてあげたいと思いました。

2011-12-11 22:48 | 1歳 | COM(0) | TB(0) |
1日から仕事復帰しました。

まずマー君を私立に預け、その後にヒロ君を公立に預けてから出勤するのに不安がありました。
1カ月間、慣らし保育があったので、すんなり行くことができました。

11/30には2人共風邪をひいてしまい、微熱もあったのですが、上がることなく済みました。


職場では受付事務っぽいことをしているので、たくさんの方が話しかけてくれました。
色々な部署からわざわざ来てくれる人もいて、ありがたいことです。
とても嬉しかったです。

育休ということは知られているので、子供のことを聞かれたりしましたが、普通の子を産んだように対応しました。
仲の良い同じ部署の人には知らせてあります。
が知らない人の中には「もうたっちしてるの?」なんて深く聞いてくる人もいて、思わず「まだ」と言ってしまいましたが、「つたい歩きはしてるんですけどね」なんて誤魔化したりしました。
「保育所に預けてるの?」とかの質問もあり、今までの私だったら上の子と下の子が違う保育所だと言ってしまってそうなことも、言わずに通しました。

今まで37年間、嘘をつくことができない性格もあって誰にでも何もかもオープンに生きてきました。

今回のヒロ君のことは「まだまだ」というか、「もう」あまり触れられたくなく、そっとしておいて欲しいという気持ちがあります。

育休中は「ダウン症」のことを考えない時はありませんでした。
最近は、告知後よりは徐々に考える時間は少なくなってきてはいましたが、
仕事をしている間は「ダウン症」のことを全く考えずに済みました。

家にいるときよりも考えないで済む分、気分転換ができます。
そして、保育所にお迎えに行くときは早くヒロ君の笑顔がみたいって思えるし、ヒロ君がダウン症でも構わないかもって強く思いました。
ただ単純に可愛い息子なんだって思えました。

時間に追われる生活になり、大変なことも多くなりましたが、気が紛れて、心のバランスは良くなりそうな感じがしました。


2011-12-02 21:05 | 1歳 | COM(0) | TB(0) |
プロフィール

OOちゃん

Author:OOちゃん
2010/11/17ダウン症の息子をもって自分の気持ちの変化を書きたくて、ブログ始めました。

出産直後は普通ではない子を産んでしまったと、かなり落ち込み、障害という未知の世界に不安を感じ、闇の中にいるようでした。
当時は元気になんかなれないと思っていました。

他人と比べない。
周りとうまくやるには、自分は世の中の「普通」ではない少数派なんだと自覚をする。
幸か不幸かは誰にどう思われようと自分の心次第。

上記を考えるようになって段々と心が回復し、3年後には障害のある子がいる生活が私の普通になりました。
心が鍛えられたせいか、ちょっとのことでは動じなくなり、落ち込まなくなりました。

今はとても楽しく生活しています。

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