最近やっと本当にヒロ君を愛しいと思えるようになってきたように感じる。

出産直後は、出産自体をなかったことにしたかった。
告知後は世話はしていたけど、少し育児放棄気味だった。
マー君の時ほど可愛いと思えなかったし、構ってあげていなかった。
マー君とヒロ君で差別している自分がいるのもわかっていた。
マー君優先のヒロ君後回しな感じもあった。

うちは夜泣きのない子達であまり困ったことはない。
たまに体調が悪いときに泣くときがある。
マー君のことは少しでも泣けば抱っこしたりしていた。
ヒロ君が泣いていても「うるさいな」って思って抱っこしないときがある。
ホントひどい親。

それが最近は少し差がなくなってきたように思う。

普通の家庭で普通の子を産めていたら、我が子を当たり前に愛しいと思えていただろうし、兄弟ともに差別なくかわいいと思えていただろうけど・・・それができなかった。
今思うと本当に申し訳ないって思う。

最近ヒロ君がニコニコ笑ってくれて癒してくれるときに「ごめんね。ありがとう。」って言うようになってきた。
前からも言っている言葉だけど、出産直後の感情のことを謝っていることが増えた。

やっと障害のある子でも愛しいと思えるようになってきた。
我が子を普通に愛しいと思えることは幸せなことなんだ。
これで家庭や仕事に問題があっても我が子をかわいがれなかったりするんだろうし。

昔は愛しいと思えなかったから、今は幸せだって思う。

131002_173626.jpg015_convert_20131124144739.jpg

運動会の帽子とメダル(マー君の運動会と重なって参加しなかったけど)

131012_191640.jpg
マー君が洗物のお手伝い 隣で一緒になってやっている風

131012_191907.jpg
足のムチムチ具合がたまらない

131012_191919.jpg
結局白米を食べあさって邪魔しただけでした
スポンサーサイト
2013-10-31 13:53 | 2歳 | COM(2) | TB(0) |
昨日、実母から七五三はやらないのかと聞かれた。

私も普通の子を産めていたら一般的に言われている行事はしていただろうと思う。
マー君のお食い初め辺りまではやっていた。

その後、成長が遅くて悩みだして、脳症になってからは一般的な行事はやっていない。
七五三の5歳の時も友人達は衣装を着て写真を撮ったりしているみたいだったけど、うちはマー君がこだわりが強くて衣装なんて着てくれるわけもなかったのでやっていない。
法事のついでに旅行がてら筑波山神社にいったくらい。
ヒロ君のことも、どうでもいいやって思っていたからお食い初めすらやっていない。
義父母は気を使って、もう何も言ってはこない。
色々やらなくなって、そういう習慣がなくなってしまって、やることが面倒くさくなっている。

実母はそういうことをしたい人なので、写真撮って祈願しに行かないかと言われた。
「私だって普通の子だったらやっているけど、神頼みはもうしたくないし、もう別に色々なことやらなくてもいいかなって思っちゃっているよ」と言ったけど、家族写真は記念にほしいと思った。
マー君ヒロ君と実父母と一緒に写真は撮りたいと思った。

今のマー君なら衣装を着てくれそうな気もする。
記念にやってみようかなと思えているのもだいぶ回復した証拠かな。

2013-10-19 13:15 | 発達障害のマー君のこと | COM(2) | TB(0) |
10/7(月)友人の旦那さんが亡くなりました。41歳でした。

子供が小学4年生の男の子と6歳の女の子です。
この6歳の女の子は頭にカルシウムが溜まってしまう珍しい病気をもっていて手術を繰り返しています。

旦那さんは5年前位に脳腫瘍が見つかって、それから治療の為仕事を辞めて自宅療養していました。
旦那さんの実家の敷地に家を建てた後、病気が発覚しました。
義理のお母さんとおばあちゃんがいますが、全く協力的な家ではありません。
逆にきつく当たられたりしたみたいです。
友人の今後が心配ですが、今はそっとしておこうと思います。

ちょっと不思議なのが、その家系なのかお父さん・おじいちゃんが同じく41歳で亡くなっているそうです。

ヒロ君を産んで幸せは当たり前にあるものじゃないって考えるようになりました。
健常な子が生まれることは普通ではなく、幸せなことなんだ。
ダウン症であっても健康なことはありがたいことなんだ。
動けて笑えるだけでも恵まれている。

今回のことで生きていること・健康なことは当たり前ではなく、ありがたいことなんだと思いました。
家族が健康でいてくれることは本当にありがたいし、笑っていられることは幸せだと思います。

昔の私だったら、ノリ君・自分が病気になったらどうしようとか考えて不安になっていたと思います。

でもヒロ君を産んで色々悟ってしまった私は少しひねくれているので、すべて運だと思う傾向があります。
家族の健康、自分の健康、ある程度は努力して維持していこうとは思う。
けど、努力したからって病気になる時はなるし、不摂生していても健康な人もいるから、過剰な頑張りはしないです。良い人・悪い人も全く健康とか関係ないし。

なので自分が楽しくできる範囲で努力はしようと思います。
今の私は先のことを考えて不安になるのは少なくなりました。
辛いこと・起こったことを受け入れて、それから改善方法を考えればいいって思う。

友人も時間はかなりかかるだろうけど、いつか乗り越えて元気になってほしいな。
2013-10-09 21:09 | 2歳 | COM(2) | TB(0) |
9月は手がささくれだらけだったのでシンプルなデザインしました。
071_convert_20131007112630.jpg

今回は前回がシンプルだったので派手派手にしてみました。
ネオンピンクがどんな色か試したかったので似あわないピンクに黒を合わせました。
シンプルも服が合わせやすくて良かったけど、ポップな感じのほうが自分に合う気がする。
PA070009_convert_20131007113946.jpg
PA070007_convert_20131007113930.jpg

2013-10-07 11:48 | ネイル | COM(2) | TB(0) |
マー君・ヒロ君、2人とも保育所の先生には恵まれていて、いい先生ばかりです。

ヒロ君の保育所の先生は、公立ということもあって年配の先生が多い。
何人か若い先生がいる。
去年の若い先生はかわいくて、今年の若い先生は美人です。
見た目がいいのに、2人とも感じがいいです。(綺麗な人への勝手な偏見ですが)

ヒロ君の保育所の先生はみんな気を遣ってくれているのか、とても親切でヒロ君の保育所での様子を細かく教えてくれます。
特にこの美人の先生がよく話しかけてくれます。

その会話の中で「ダウン症の本を読んで○○って書いてあって、ヒロ君いい感じに育ってるって思いました」と言ってくれた。
その言葉がとても嬉しかった。
保育所の先生みんなが熱心にヒロ君のことみてくれているのはわかっていたけど、ちゃんとダウン症を理解してくれようと努力してくれていることが嬉しかった。
帰りに車の中で少し泣いた。

前にも書いたけど、産んだ直後は誰も障害者になんかに優しくしてくれないって思っていた。
嫌な思いばかりすると思っていた。
私が偏見をもっていた。

世の中、変な嫌な人も多いけど、いい人もいるってことをヒロ君を産んだことで知ることができる。
今までの自分が知らなかったボランティアの方とか障害者に係わる仕事とか色々と知ることができて、ちょっとお得な感じと思える。

最初の頃はヒロ君のことをかわいいと思えなかった。
育児放棄気味だった。

今はかわいくてたまらない。
顔も動きも全体の丸々した形も、なんでこんなにかわいいんだろうと毎日思っている。
子供のことをかわいいと思えている自分は幸せだって思う。
この子と一緒に人生楽しもうと思えている。

ことばの教室の先生がだいたい2・3年で皆さん明るくなってきますと、どん底の時に言われたことがある。
その時は疑問に思っていた。
本当にそうなった。

この先、嫌なことがあったり悩んだりすることは絶対にくると思う。
けど、頑張れる気がする。

2013-10-04 11:43 | 2歳 | COM(2) | TB(0) |
最近ヒロ君がしっかり歩けるようになったので、マー君の保育所のお迎えにヒロ君を連れて行くことがある。
園内を歩かせて運動させようと思っての行動です。
今までは人に見られたくない気持ちもあったし、ヒロ君が歩けないから抱っこしてまで保育所に迎えに行くのは嫌だったので、車の中に乗せたままにしていました。

マー君と同じクラスの子にはヒロ君と同じくらいの弟や妹を持つ子が多いです。
皆同じ保育所に通っています。
うちは弟を出産したことは知れ渡っていますが、何で同じ保育所じゃないんだろうと疑問に思っている人も多いと思います。
そのせいか、ヒロ君が歩いていても、同じクラスの親が見ても、全く誰も話しかけてこない。
ある程度察しがつくのだろうと思う。

保育所の先生はある程度の情報は知っているので「可愛いね」「しっかり歩いてるね」などと話しかけてくる。

マー君の同級生はヒロ君がニコニコしててよちよち歩きしているから「かわいい!赤ちゃん産んだの?」と素朴な質問をしてくる。誰かに「何歳?」と聞かれたけど「1歳くらいかな」と答えたことがある。
「保育所は?」と聞かれたときは「違う保育所に行ってるんだ」と普通に答えた。

ある子が「わーかわいい!この子マー君の弟?」と聞いてきた。
マー君は「うん。マー君の弟だよ。」と自信満々で答えていた。

その言葉を聞いて嬉しいのと切ないのと複雑な感情になった。
ヒロ君にあまり興味のないマー君が、自分の弟だと答えていたことはとても嬉しかった。
ちゃんと自分の弟だと自覚していることがわかったから。
でも・・・やっぱり「普通の弟じゃなくてごめんね」って思ってしまった。

いつか普通の弟じゃないことがわかるときがくる。
そのことをどう思うのかな?

いつかそのことでからかわれるかもしれない。
いじめられるかもしれない。

先のことを考えて悩むのはしないようにしているので、一瞬頭をよぎっただけですみました。

2013-10-02 14:32 | 2歳 | COM(4) | TB(0) |
9/30でマー君の大好きな保育所の副担任のノリコ先生が突然辞めてしまいました。

ノリコ先生は年中の時からの副担任の先生で、年長になったときもノリコ先生と聞いて喜んでいました。
特に小学校にあがる重要な時期なので私も安心しました。

普通の子なら担任の先生とのほうがつながりがあるんでしょうが、うちは何もかも遅かったり出来なかったりするので、副担任の先生の存在はとても大きいです。
マー君のことをとてもよく理解してくれていて、私もノリコ先生のお蔭で安心して保育所に送り出せていました。
ウンテイや鉄棒など、皆はできるのにマー君はできないので、いつもノリコ先生と練習をしていたみたいです。
そのお蔭かある程度はできるようになって自信がついたのか怖がることがなくなりました。

ノリコ先生が辞めてしまった日、保育所に迎えに行くと、すぐに小さい声で「ノリコ先生辞めちゃった」って教えてくれました。なんとなく泣きたそうだったので「さみしいね。泣いていいんだよ。」と言っても保育所にいたせいか泣きませんでした。

おうちに帰ってノリコ先生からのお手紙を読んであげました。
「マー君。いっぱい遊んでくれてありがとう。大好きだよ。」という内容でした。
「大好きだよ」と読んだあたりでマー君は大泣きになっていました。
私もマー君を抱いてもらい泣きしてしまいました。
「さみしいね。ママもノリコ先生がいなくなっちゃってさみしいよ。」
と言って一緒に泣きました。
あまり他人に興味のないマー君なのに寂しいという感情で泣いていることが少し嬉しかったです。
そこまで大好きだったと思うと切ないです。

私も今まで自分の担任の先生が変わろうがあまり切なくなったことはありません(笑)
先生とあまり接点を持たないタイプだったので1・2人は好きな先生はいましたが、初めて担任が変わったことでショックを受けた感じです。ノリ君も同じようなことを言っていました。
家族全員でショックを受けた感じです。

せめて感謝の気持ちを伝えたいと思いました。
マー君にもお手紙書かせてあげたいと思いました。
担任の先生に聞いたら渡してくれるらしいのでお手紙を書く予定です。
マー君になんて書く?と聞くと「今までありがとう」と書きたいらしいです。

こういう経験で人間て成長するんだろうなって思いました。

2013-10-02 13:59 | 発達障害のマー君のこと | COM(2) | TB(0) |
プロフィール

OOちゃん

Author:OOちゃん
2010/11/17ダウン症の息子をもって自分の気持ちの変化を書きたくて、ブログ始めました。

出産直後は普通ではない子を産んでしまったと、かなり落ち込み、障害という未知の世界に不安を感じ、闇の中にいるようでした。
当時は元気になんかなれないと思っていました。

他人と比べない。
周りとうまくやるには、自分は世の中の「普通」ではない少数派なんだと自覚をする。
幸か不幸かは誰にどう思われようと自分の心次第。

上記を考えるようになって段々と心が回復し、3年後には障害のある子がいる生活が私の普通になりました。
心が鍛えられたせいか、ちょっとのことでは動じなくなり、落ち込まなくなりました。

今はとても楽しく生活しています。

カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2013/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブロとも一覧
最新コメント
ブロとも申請フォーム
リンク
検索フォーム
FC2カウンター