今日、ノリ君のお父さんが亡くなった。
77歳。
市の健康診断でステージ2の肺がんが見つかり、5月に手術を受けたけど、場所の運が悪く、取りきれなかった。
抗癌剤治療をした後に会ったときは、ダルそうにしていた。食事もゼリーくらいしか食べていなかった。私達と話すときは頑張って元気に大きい声を出していたように思った。
8月に会ったときは、お弁当を食べていたけど、痩せていた。
歩き方が歩幅が狭くちょこちょこ歩いていた。イライラしていたのか、お母さんと言い争いしているのを初めて見た。
帰り際、なんとなく、頑張っている人に頑張ってと言うのはどうかと思ったけど、「お父さん、がんばってくださいね」と声をかけて帰った。
それがお父さんとの最後のやり取りになった。

19日(土)にお父さんが歩けなくなって、入院したと連絡があり、マー君とノリ君の二人で病院に行った。
足にがんが転移していて、ステージ5までになっていた。
病院の人に「ずっと家族を連れてきてくださいと言っていて、やっと家族がきてくれた」と言われたらしい。
通院は一人で行っていたらしく、家族に何も話していなかったらしい。
私の家族ではがんのお父さん一人で通院てありえないんだけど、ノリ君ちはうちとは違う感じだったから、こんな結果になってしまったのだと思う。

抗癌剤治療の1回目はお父さん自らやると言っていたらしいけど、治療が辛かったのと、あんなに辛い思いしたのに転移していたからか、薬も飲んでいなかったらしい。
なんとなく、悟ったのか、あきらめたのだろうなと思う。

おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃん、5人いた。
家族が減るのは悲しかったけど、ある程度仕方がないって思えた。

父母レベルになると、さらに家族が減って寂しいと思う。
人が亡くなると毎回思うのは、ありがとう、と思う。
いてくれてありがとう。私と関わってくれてありがとう。

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2019-10-25 23:36 | 小学3年 | COM(0) | TB(0) |
しみじみ、ヒロを産んでよかったなと思う。

ヒロを産んだ直後は、こんな考えになるなんて思ってもいなかった。
ヒロを産んで、強くなれたし、考え方、人間関係、色々なことを整理できた。
元々合理的な考え方をするタイプだったけど、今はさらにシンプルな考え方になった。

自分のことも大事にしようと思うようになった。
頑張れるときは頑張るけど、嫌なときは頑張らない。
物事はなるようにしかならない。
悩んで解決できるなら悩むけど、無駄な悩みはしなくなった。
すべてが必然だし運だと思う。

ヒロのお陰で、普通の子では経験できないことを経験することができるし、ヒロのお陰で知り合える人がいて。
普通の子のママ友よりも、ヒロのママ友とは深い会話ができて、一緒にいて心地よく、楽しく、頑張ろうと思える。
障害児を育てる人生でも、別にいいなとも思えている。
困難もあるだろうけど、それは普通の子でもあることだから。

ヒロが普通の子ではなくても、いいし、ダウン症のヒロでよかったとも思える。
こんな考えになるなら、産んだ直後から可愛がってあげたかったし、出産を楽しみたかった。

無知って怖いなとか、経験者しかわからない、誰に何を思われても構わない。
わかる人にだけわかってもらえばいい、そんな感じです。

毎日楽しく生きるを意識して日々過ごしている。

2019-10-22 11:05 | 小学3年 | COM(0) | TB(0) |
プロフィール

OOちゃん

Author:OOちゃん
2010/11/17ダウン症の息子をもって自分の気持ちの変化を書きたくて、ブログ始めました。

出産直後は普通ではない子を産んでしまったと、かなり落ち込み、障害という未知の世界に不安を感じ、闇の中にいるようでした。
当時は元気になんかなれないと思っていました。

他人と比べない。
周りとうまくやるには、自分は世の中の「普通」ではない少数派なんだと自覚をする。
幸か不幸かは誰にどう思われようと自分の心次第。

上記を考えるようになって段々と心が回復し、3年後には障害のある子がいる生活が私の普通になりました。
心が鍛えられたせいか、ちょっとのことでは動じなくなり、落ち込まなくなりました。

今はとても楽しく生活しています。

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